2013.02.15 fri

デンマークの秀作ドラマ ~フランス田舎暮らし(16)~

デンマークの秀作ドラマ ~フランス田舎暮らし(16)~


土野繁樹

デンマーク首相を演じるシード・バレット=クヌードソン  BBC/Danish Broadcasting Corp
 
いま、英国人が最も関心のある国はどこか?おどろくなかれ、それはデンマークである。19世紀末、フランス人のジャポニズム(日本趣味)の熱気にも似た現象が、英国で起こっている、とロンドン在住の米国人ライターが言っている。ロンドンのThe Times紙は‘なぜ、みんなデンマーク人になりたいのか’という特集を組み、この国の社会からファッションまでを紹介している。昨年、英国人女性500人がデンマーク人の精子の提供をうけて、人口受精をしたというからそのバイキング熱はすごい。
 
デンマークへの関心が高まったきっかけは、2年前にBBC4が放映したDR(デンマーク公共放送)が制作した犯罪ドラマThe Killing(20回シリーズ)だった。若いシングル・マザーの女性刑事ルンドが、迷宮入りした殺人事件を執拗に追いかけるストーリーに、英国人は夢中になった。わたしもこのシリーズを見たが、俳優の演技と映像のリアリズムに魅せられ、放送日の土曜日が待ちどうしかった。
 
The Killingに続いてBBC4はDR制作の政治ドラマBorgenを放映(音声はデンマーク語、字幕は英語)しているが、これまた英国で大ヒットしている。(Borgen ‘ボーゲン’はデンマーク語で城という意味だが、議会のことをそう呼ぶ)。このドラマは、デンマーク初の女性首相になった理想に燃えるニイボーグが直面する数々のハードル、首相の仕事と家庭の両立、政治とメディアの関係などを、妻であり母である生身の人間の体験として描いているから視聴者を惹きつける。英国首相キャメロンもこのドラマのファンと報じられている。30回シリーズ(各1時間)のこの番組はデンマークでは3月に終了するが、平均視聴率50%だから驚異的だ。


Borgen - Generique | PopScreen
 
これほどBorgenが人気のある理由は、毎回のテーマの切り口の斬新さ、意外な展開をするストーリーの面白さ、俳優の抜群の演技力にある。財政改革、医療改革、移民対策、テロ対策、外交問題など、デンマーク国民が関心(先進国共通のテーマ)をもつテーマが毎回取り上げられ、複雑に絡む利害の対立と政治的妥協がヒューマンタッチで描かれている。
 
この作品がこれまでの政治ドラマと決定的に違うのは、主要人物(首相、主席補佐官、女性ジャーナリスト)の個人的な悩みを、彼らの仕事ぶりと同等に扱っている点だ。たとえば、忙しすぎて夫との関係が次第に冷えていき、二人の子供と過ごす時間がないことに悩む首相の姿。これは市民の暮らしのなかで起こっていることだから、視聴者はわがことのように一喜一憂する。

仕事と家庭の両立に悩む首相          BBC/Danish Broadcasting Corp
 
2週間前に見た番組ではデンマークの医療システムが取り上げられていた。ブリジット・ニイボーグ首相はEUの代表として、あるアフリカの国の内戦の和平交渉をまとめて意気揚揚とコペンハーゲンにもどってくる。しかし、彼女を待っていたのは、娘ローラの鬱病悪化の電話だった。その頃すでに別居していた夫も駆けつける。医者は入院を勧めるが、公立病院は1年以上待たないと空きがないという。残された道は、高額の私立病院で治療することだった。
 
治療の効果がでてローラが回復途上にあるとき、公立病院増設法案の審議がはじまり、野党は‘自分のこどもを高い私立病院に入れる首相の行動は偽善’だと非難する。彼女は、「首相として、この法案は正しい選択だと思う。同時に、ひとりの母親としては、私立病院で娘を治療する選択をせざるを得なかった」と答える。
 
これで事態は沈静化した。しかし、パパラッチ(追いかけカメラマン)が治療中のローラの姿を撮り、それにショックを受けた彼女の病状は再び悪化する。病院長から、病院にマスコミが殺到し他の患者の治療ができないとの理由で‘退院‘を告げられ、首相は別の施設に娘を移す。翌日の記者会見で彼女は、一線を越えたマスコミを諌め、娘のために長期休暇をとることを宣言し、副首相を首相代理に任命する。やがて、首相代理は彼女の意思を無視して独自路線を歩みはじめる・・・。次になにが起こるか分からないから、このドラマは面白い。
 
Borgenの生みの親・ライターのアダム・プライス(人気料理番組のシェフでもある)は、この番組を制作するきっかけをNew Yorker誌の記者に次のように語っている。「2007年の選挙直前に、ジムで一緒になった入れ墨をした若者が、選挙にまったく関心がないと言っていた。そのとき、デモクラシーを称える番組をつくろうと思った。デンマークは世界最古のデモクラシーの国だからね」。
 
たしかに番組は、デモクラシーとはなにかを語っている。デモクラシーで大切なことは対立する勢力間の対話と、良き政治的妥協であることを教えてくれる。同時に、このドラマは政治の世界には陰謀やリークや脅しなど、ダーティな現実があることも忘れていない。プロデューサーのカミラ・ハマリッチは「番組のあと、家族でコーヒーを飲みながら語る内容を提供したい。これが我々の願いだ」と言う。
 
DR制作のドラマはすべてオリジナルでテーマは現代の問題、リメークや焼き直しはやらない。制作費はそれほど潤沢ではないが、ライターにはたっぷり時間が与えられる。脚本ができるまでに、数年かけるのは珍しいことではない。Borgenの脚本ライターは3人いて合議で筋書を作っていく。DRドラマでは‘ライターは王様’なので、内容について総責任者が口をだすことはめったにない。
 
Borgenの制作に携わった誰ひとりとして、デンマークの政治を扱った番組が海外でヒット(英仏独瑞米などで放映)するとは思っていなかったようだ。首相の役を演じて、いまや国際スターになったシード・バレット=クヌードソンが、英国The Guardian紙のインタビューで、なぜ外国でこんなに人気があるのかと聞かれ、「受けているのは嬉しい。でも、その理由はわからない。そもそも、デンマーク語は美しい響きの言葉ではない。デンマーク語で誘惑するのは難しいのに」と、完璧な英語でユーモラスに答えていた。わたしは、この美しく知的なデンマーク女優のファンになった。
 
BBC4ではエピソード20が終わり、残りの30までの10回分の放映は数か月待たなければならない。だが、本場デンマークではDRが残りのエピソードを放映している。わたしと同じようにBorgenにはまった奥方は、インターネットでDRの番組を見ているので、「あの首相、ブリジットはどうなってる?」と聞くと、恋人ができた夫と離婚して英国人の愛人ができたという。なんという意外な展開!こんな面白いドラマ、一級エンターテインメント番組をなぜ日本で放映しないのだろう。韓国ではやっているというのに。

 

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著者プロフィール

土野繁樹(ひじの・しげき)
 

フリー・ジャーナリスト。
釜山で生まれ下関で育つ。
同志社大学と米国コルビー 大学で学ぶ。
TBSブリタニカで「ブリタニカ国際年鑑」編集長(1978年~1986年)を経て
「ニューズウィーク日本版」編集長(1988年~1992年)。
2002年に、ドルドーニュ県の小さな村に移住。