2012.10.15 mon

文化遺産の日  ~フランス田舎暮らし(4)~

文化遺産の日  ~フランス田舎暮らし(4)~


土野繁樹


睡蓮の小さな池がある画家のアトリエ入口
 
 「10年もここで暮らしているけど、この道は初めてだね」(わたし)「そうね。この辺り散歩するのに最高じゃない」(奥方)「こんど、弁当(永谷園のすし太郎)作って来るかな」(わたし)。緑に囲まれカーブの多い狭い田舎道を小型車クリオで走ること30分、リギユの村に到着した。
 
 その日は文化遺産の日。毎年9月の週末の2日間、日頃見られない有名無名の歴史的建造物、博物館、美術館 庭園などが、無料か割引料金で公開される日だった。今年はオランド大統領のエリゼ宮からわが村のド・ブモンさん所有の城までいれて、フランス全土で4万4千カ所がその対象になっていた。

 リギユは人口260人の小さな村だが、広々とした空間に石造りの古い建物が点在している。村の広場の周りには教会、村役場、郵便局、パン屋がある。これはたいていの村にある4点セットの建物だ。広場では長テーブルを囲み約20人の人々が昼食中だった。肉を焼いているマダムにお目当てのアーティストの庭の場所を尋ねると、3カ所あるという。彼女は道筋を詳しく教えてくれたうえに「食事ご一緒にどうですか」と誘ってくれたが、済ましてきたので参加できず残念だった。


リギュ村の昼食会
 
 3カ所とも訪れたが、一番面白かったのは陶芸家の庭と作品だった。塀に囲まれた50-60坪の空間に所狭ましと秋の花々が競い合い、ほうずきが実をつけ大きな鉢植えに山なりのトマトが生っていた。庭にある木製のテーブルの上にさり気なく置かれた小皿は陶芸家の作品で、奥方に言われるまで気がつかなかった。構えたところがまったくない空間だ。陽光が降り注ぐアトリエには小皿にユーモラスな裸体画(足先が円い皿からはみ出している)を描いた作品が展示されているが、ご本人は不在で携帯電話が置きっ放しだった。彼はおそらく村の広場で食事中なのだろう。なんというのどかさ!名所旧跡にとらわれず、無名のアーティストの自宅の庭を文化遺産のリストに入れるセンスがいい。

庭のテーブルの上の作品
 
 文化遺産の日の正式名称は“Journees Europeennes du Patrimoine” で英語では”European Heritage Days”(ヨーロッパ文化遺産の日)だから、フランス国内だけの行事ではない。9月の週末にヨーロッパ全土で開かれる催しだ。この行事は、多様性のなかの統一をスローガンにするEUのイニシアチーブで1991にはじまったもので、今では50の地域と国が参加している。ヨーロッパの多様で豊かな文化・伝統を市民に知ってもらうのが、その目的だ。テーマと遺産の選択は各国に任されている。例えば、今年のドイツのテーマは「木」、イタリアは「イタリアの宝物」、スウェーデンは「表面と表面下」と多彩だ。ギリシャは「危機:連続と断絶」で、過去の歴史上の危機(経済、政治、イデオロギー)が与えた文化への影響に光を当てている。破産の危機にある国の切実なテーマである。これに比べて、フランスのテーマは「隠れた遺産」だから、オーソドックスで余裕がある。

サン・クリストフ教会の遺跡
 
 リギユの催しを見て帰るつもりだったが、ポカポカ天気に誘われて隣りの町サヴィニャックまで足をのばした。ここにはサン・マタン教会と教会遺跡があった。サン・クリストフ教会の遺跡の玄関で迎えてくれたのは、マダム・エルギド。歴史小説の著者でもある彼女は元教師で、ボランティア仲間と朽ちた礼拝堂の屋根修復の募金活動をしているという。12世紀のバチカンの記録にこの教会のことがでているというから、当時は名の知れたところだったのだろう。が、今では小さな礼拝堂しか残っていない。すこし荒れた庭のなかに立つ礼拝堂は孤独な思索者の趣があった。わたしが「ここは禅的な空間ですね」と思わず口走ると「まったくそうですね」とそこに居合わせたボランティアのご婦人が言った。(ZENはフランスでは日常語である)
 
 そこに、もう一人のご婦人が現れ、サン・マタン教会を案内してくれるという。教会への道すがらわたしが「あそこは、本当に禅的ですね」と言うと、彼女は「なにもなくて禅的すぎるわね」とユーモラスな答えが返ってきた。彼女はそのあと、第二次大戦後に改装された教会の歴史と宗教画やステンドグラスの由来を親切に説明してくれた。

オランピア劇場でのアズナブールと司会者
 
 それから2週間後、フランス2(国営放送)が「文化遺産フランス・シャンソン:Hier Encore “帰りこぬ青春”)と銘打った2時間番組を放映した。88歳でいまも現役で活躍するシャルル・アズブナールを中心に十数人の有名歌手が、オランピア劇場の客を前にシャンソンの名曲を披露した。シンガーのなかには、カーラ・ブルー二(前大統領サルコジ夫人)もいた。彼女はモデル出身だが歌もうまい。
 
 魅力的な女性司会者がアズブナールに“ラ・メール”を歌ったシャルル・トレネや“愛の賛歌”を歌ったエディト・ピアフとの交流を聞くと、彼は淡々とユーモラスに思い出を語り会場を沸かせた。小柄で華奢な彼は、背もたれもない席に2時間背筋を伸ばして座っていた。なんとも言えないあの味のある表情、その笑顔は天下一品だ。青春と人生の儚さを、哀愁を込めて歌う彼の“ラ・ボエーム”は文化遺産だと思った。
 
 
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著者プロフィール

土野繁樹(ひじの・しげき)
 

フリー・ジャーナリスト。
釜山で生まれ下関で育つ。
同志社大学と米国コルビー 大学で学ぶ。
TBSブリタニカで「ブリタニカ国際年鑑」編集長(1978年~1986年)を経て
「ニューズウィーク日本版」編集長(1988年~1992年)。
2002年に、ドルドーニュ県の小さな村に移住。